臨床心理士によるグループスーパービジョン講座を開催。個人スーパービジョン・ケースコンサルテーション・教育分析も行なっています。

ご予約は、センターからのメール 返信をもって確定となります

お知らせ

第6回 適応障害の治療

暫くコラムを書けなかったことをお詫びします。他に書かねばならぬ原稿があり、忙殺されていたからです。

言い訳はこの程度にして、今回からは、より具体的にそれぞれの悩みに対して、悩みの本質、及び、その悩みにはどのような心理療法が適しているのかを私なりの経験に基づいてお話ししたいと思います。全ての悩みにお答えはできないのですが、代表的な悩み(症状も含まれる)についてお話しする予定です。病名については、すでにお話ししたDSM-Ⅴに沿ってお話しします。

「外的要因で生ずる障害・急性ストレス反応と適応障害」

人は、様々な悩み・憤悶・苦しみ・悲哀などを抱きます。このようなつらい気持ちは環境因と本人の持つ性格傾向との相互作用が起きることがほとんどです。もちろん、ほぼ100%が環境因という場合もありますし、ほぼ100%が本人の性格的問題であることもあり得ます。前者には、戦争神経症やPTSDやいじめ問題が当てはまりますでしょうし、後者には、例えば、自殺を繰り返した太宰治のような人が当てはまると思います。多くの場合は、環境因と個人的要因とが様々に相互作用を起こして生じていると思います。

環境因が圧倒的に重要な要因となっている精神疾患には、DSM-Ⅴにのっとれば、災害に出会ったとか、レイプされたというような犯罪の犠牲者になって、直後からあるいは比較的早期に不安定になる急性ストレス反応と、外傷体験ののちに持続的に不具合の生じている状態の外傷後ストレス障害(PTSD)が代表的な障害です。両者は、ほぼ100%環境因や外傷体験が発症の要因になっています。これらはそれぞれ特別な治療法があります。アメリカには、アフガン戦争などでPTSDになった青年がかなりいて、積極的な治療がなされていると聞きます。わが国には、戦争によるPTSDがいないのは幸運だとも思いますが、東日本大震災の後遺症でPTSDになられている方も少なからずおられると思います。

この両者に治療についてはここでは触れません。

「適応障害」とその治療的アプローチについて

急性ストレス反応とPTSD以外で、主に環境因で精神的な不具合が生じている状態は適応障害と呼ばれます。このカテゴリーに含まれる悩みとは、基本的には健康なパーソナリティーの人(自我心理学では健康な自我の人と呼びます)が、何らかの状況的要因によって苦しみ、時に抑うつ不安身体症状(過換気症状や蕁麻疹など)などに苦しむ状態を指します。たとえば、対人関係上の問題、就労・教育環境の問題、家庭環境の問題などが要因となります。今一つの要因には発達課題があります。学童期・思春期・青年期・成人期・中年期・向老期・老年期などには特有の出会わなければならない問題があります。特に思春期中年期は、自分自身の状態が大きく変化しますので、その変化とどのように向き合っていくかがとても大切な課題になります。

 このような問題は、意識されていることもあれば(例えば、いじめや過労など)、本人は気付いていないこともあります。ですから、まず適応障害だと考えたら、問題点を意識化し、問題のポイントを明確にし、その問題の解決を図ることが治療の中心になります。この治療に向いている学派は「問題解決療法」「認知行動療法」です。

しかし、このような問題解決については、常識的な判断がとても大切になります。とにかく、患者さんが置かれている環境のどこにどんな問題があるかを明確にするのですから、特別な心理学的理論は必要ないとも言えます。それよりも、患者さんの置かれた状況で起こりやすい問題点を詳しく知っている人が向いていることになります。教育現場であれば教師やスクールカウンセラー、就労環境の問題であれば産業医が適している可能性が高いと思います。家庭の問題であれば「家族療法」の専門家、夫婦の問題であれば、「マリタル・セラピー」の専門家が適しているでしょう。しかし、家族の問題などは、ほぼ全ての臨床的問題に関連があるので、臨床経験の豊富な方であれば、充分に相談に乗れる問題とも言えます。

逆に向かないのが、厳密に行う「精神分析や精神分析的アプローチ」「ユング心理学」そして、何もアドバイスをしないやり方での「来談者中心療法」です。 

 

適応障害について、具体例で理解を深めていただきたいと思います。

恐れ多いことですが、雅子皇后は適応障害に苦しんでおられると公式に発表されていますので、喩としての例として挙げさせていたたぎます。

雅子様は、結婚されるまではハーバードを卒業するなどハイレベルの能力のあった方ですし、皇太子妃候補になった折に、マスコミなどに追いかけられましたが、毅然とした態度で対応されており、芯の強い性格の方だったと思います。つまり、うつ症状に苦しまれるようになる前は、とても精神的にも健康度の高い方だったと思われます。そのような方が皇室に入られた後に状態が悪くなったのですから、環境因が問題であったろうことが予想されます。つまり適応障害が考えられるということです。適応障害というのは、このように発症に環境因が主たる要因になっているものをすべて含みますので、結果として生ずる症状などは様々なものが含まれます。軽い混乱状態からかなり強い抑うつ状態や身体症状などもありうるのです。雅子様は抑うつ状態であられたようです。

このような場合、まず、主治医は、どこに問題があるかを探ります。そして、それが同定されれば、その問題点を解決することに努めます。それをシステマティックにやるアプローチが「問題解決療法」という学派です。ですから、この学派には、特別目新しい理論はなく、問題点を整理したり自覚させるためのアプローチをシステム化したものになっているので、特段、この学派を学んでいる人しかできないものではありません。「認知行動療法」もこのアプローチを取り入れています。

例えば、雅子様が生き甲斐のあるような活動ができないことに悩んでおられたら、ダイアナ妃がしていたような社会活動をできるような環境を作ることが問題解決になるでしょう。あるいは、平民出身であることで、何者かからいじめられているようでしたら、それを止めさせることに全力を尽くすでしょう。皇室という特別な環境であっても、その中のどのような要因が問題となっているかを具体的に明確にしていくことが大切になります。

どうしても、問題となっている要因が変えられないということであれば、考え方を変える、あるいは別な考えの可能性を探すというアプローチも有効な場合が多いものです。それを行うのが「認知行動療法」です。「このような環境では自分は無力だ」という考えがあれば、それを考え直していくアプローチは効果が期待できます。

今も苦しんでおられる様子から、問題は深いものである可能性が伺えます。

 

私自身は海外に長期に滞在した折、毎日、英語で話さなくてはならなかったストレスからか、三か月したころから大腿部に蕁麻疹が出て困った経験があります。「あー、ストレスに晒されているのかなー」と思っていましたら、英語に慣れてきたせいか、一か月ほどで自然治癒しました。これは適応障害の一つの症状であったのでしよう。適応障害は自然消滅もありうるのですが、私の場合は、慣れてきたせいで問題そのものが消えたために症状も消えたものと考えられます。やはり、問題を解決できることが何よりベストな方向性だと思います。

また、適応障害とする場合に気を付けなければならないのは、ただ単に外的要因のみが原因ではない場合があることです。言いかえれば、適応障害といっても環境と本人の適応能力との相互的な問題で生じますので、患者さん本人が持つ、何らかの弱点や問題点などについても考えなくてはなりません。患者さん本人の問題点が優位にあれば、それは何らかの深い個人療法が必要となるのは当然のことです。ただし、「いじめ」の問題で(これはあくまで、加害者側の問題です)、「いじめられる子にも問題があるのだ」という考えは暴論以外の何物でもありません。過重労働などもそうです。

例えば、ある会社員の方がうつ状態になって休職を余儀なくされて、何か所かの精神科にかかったのですが、治らず、私のカウンセリングを求めてきました。彼は、以前は、「営業の星」とまで言われたほど、業績の良い社員でした。その業績が認められて昇進し、ある大きな支店の店長になったのです。それから半年後にうつ症状に悩み始められました。彼の職場での様子を訊くと、全て自分で決定してなくてはならず、その決定が本当にそれでよかったのかという不安にいつも苛まれるようになったと言います。決めた後も不安で仕方がなく、いつもグルグルと同じことを考え続けて結論がだせないし、出したとしても不安で仕方がなく、結果が悪いとひどく自分を責めるようになったと言います。やがて、不眠となり、食欲も落ち、意欲も低下し、集中力もなくなり、仕事に支障が出るようになり休職されました。あれほど能力のある彼が、うつ状態に陥ったことが不思議でならなないと社長は言われました。実は、このようなケースは少なくないのです。本人は、営業のように自分で好きなようにできる時はとてもやる気がでて、人当たりもよいので、成績もあがり、自信満々だったそうですが、支店長という立場で、責任者となり、自分の把握しきれていない問題を解決しなくてはならないと思うと、心細くなり、決定することに強迫的に慎重になり、決めにくくなったのです。これは、苦手な仕事をさせられたことが原因となっていたことと、相談できる上司がいなかったことによるものと考えられましたので、本社の営業本部に配転してもらうとともに、困ったときは相談できる直属の上司を付けてもらいました。その結果、彼は自分の弱点を自覚するとともに、自分の力の出せる職種も自覚し、業績を伸ばすこととなり、すっかりうつ状態は消えました。それまで、他のクリニックから処方されていた大量の抗うつ薬はもちろん飲まずに済むようになりました。

うつ病になりやすい方は、二番手では能力を発揮するが、一番手つまりトップの立場になるとうつ病に陥る傾向があると言われます。つまりコマンダーの立場は苦手なのです。適応障害のカウンセリングでは、このようなこともカウンセラーは知っておく必要があります。人には得意・不得意があるから、向いた環境や向かない環境もあるのです。

また、発達課題の問題については、例えば思春期であれば、学校環境に何らかの問題があっても、本人の自己愛傾向の問題、過剰適応(相手に合わせすぎる傾向)の問題。対人関係スタイルの問題など、本人の要因が悩みを深めている可能性があります。もちろん、家族の対応が悩みを悪化させていることもあるので、家族へのアプローチも必要になります。ですからもし外的な要因が重要だと考えても、本人の問題点や、周囲のサポート体制なども考えなくてはならないのです。

 

 適応障害の治療には、何より、発症の要因となっている問題を解決することが大切ですが、それとともに、その状況が患者さん本人にどのような影響を与えているのか、本人の苦手な状況なのではないか、周囲のサポートはどの程度なされているのかなどを見定めなければならないと思います。問題点が明確になれば、比較的、容易に解決する場合も多いので、精神療法家としてはやりがいを感じやすい障害と言えます。